「カッコ」

つい「誰かが見ている前だけ」カッコつけてしまいがちなんです。ただその周りからの評価や褒められたいという欲求は自分が気づかぬ内に普段の生活の中に滲み出てしまうもんです。本当の素の自分を形作るのは『誰も見ていない時』に行う行動。どうせならそんな時にこそ【カッコ】つけたいという話です😳

自分を信じる

人は誰もが自分の中に介在するyes派とno派やどっちつかず派の自分に語りかけては何かを決断したり、決断をしないという決断をするんです。そんな彼らの意見に耳を傾けて最終的なジャッジを下しているのはいわば本丸である自分。どんな結果であれそんな決断へと導いてくれた「彼ら」を信じる事が大切😳

食わず嫌い

食わず嫌いという言葉があるように苦手な物にはつい目を背きたくなるもんです。ですが提供された物に対しあまりに拒否反応を示す事はそれに付随したあらゆる食材、例えば肉、野菜、魚etc...さらにデザートや大好物でさえも。下手したらそれらがテーブルに並ぶことはもう二度と無いかも。という例え話😳

人生は映画の様

あの人を見返したい・・大いに結構❗その反骨心をバネに成果を出すことは自分の成長に繋がるんです。ただそのきっかけを与えてくれた人への敬意は忘れてはいけない。敬意を忘れ見下す様になった時点でその人生模様を描く短編映画は一旦終わりを告げる。果たして次回作は?間違いなくハードルは高まる😳

過去は変えられる

娘「ママとどうやって知り合ったの?」

 

自分「苦い思い出なんだけど学生時代に一度留年したんだ。それで斯く斯く然々・・。それから今の仕事に就いて当時お客さんだったママと知り合って・・」

 

娘「へ~じゃあ留年してなかったら私達生まれて無かったかも?」

 

という「過去は変えられた」エピソード😳

数字に拘る

やっぱり仕事は数字に拘ると楽しいもんです。日々の指標はもとより具体的に何をすればいくらの収入になって、それが自分の給料にどう反映するのかを知ると尚更。ただ数値では推し量れない「モノ」があるのも事実。目先の数字に拘りすぎるがあまり「ソレ」をないがしろにすると中長期的にはマイナスに😳

立つ鳥跡を濁さず

退職や部署異動などで
「最後だし意味無いし関係ないから」
・・と去り際に疎かにしてしまう光景。立つ鳥跡を濁さずという言葉がありますが、どうせなら身の回りは軽くしておきたいもの。何故なら足先に残った「それ」は自分が気づかぬ内に新天地まで運んでしまうんです。どうせ飛び立つなら軽やかに🕊️